「逃げたい」「辞めたい」しか考えられない8時間バイト

私は、もともと接客業に興味があり、お客様に「ありがとう」と言われてから、もっと頑張りたいと思っていました。以前はコンビニでバイトをしていて凄く楽しかったのですが…家の都合で、コンビニのバイトを辞めなきゃいけなくなりました。

いろいろ悩み、新しく選んだバイト先は人気の飲食店です。何度か食事に行ったこともあり、働いている方の接客が遊園地の接客みたいで、私も将来に活かせるかもと思い応募しました。

そこはとにかく「忙しいお店」で有名だったのですが、何も知らなかった私はウキウキ・ワクワクしていました。

しかし…

バイトを始めて1週間目、忙しくて右も左も分からない状態で、接客に関わる全てをしてと言われました。
「私は新人だけど、お客様には関係ない」それだけを考え、分からないことは先輩に質問する。新人らしさが目立たないように接客する。内心は冷や汗をかいてもお客様の前では常に笑顔で。
自分なりに1日8時間のバイトを精一杯頑張り、先輩に言われたのは「使えない人だね。あなた。」でした。

そして、2ヶ月が経過した頃、私はある程度慣れてきて一通りは出来るようになりました。そんな中、表では常に元気で笑顔で裏では常に走っているバイトが苦痛になり、バイトが終わっても次いつ入るか考えるだけで苦しくなり、プライベートでも頭から離れなくなりました。バイト先に頼れる人も相談できる人もおらず、悩みすぎた結果バイト中に過呼吸になり倒れてしまいました。
幸い、お客様からは見えない・聞こえない場所だったのですが…その時に言われたのは「タイムカード切っといたから」の一言だけでした。
「大丈夫?」って聞かれず、少しでも期待した自分がバカバカしくて惨めでした。その時、本気で「こんなところに居続けたら、おかしくなっちゃうかも知れない。お客様を大切にしても、従業員はどうでもいいの?」と思い更衣室で号泣しました。

それでも、もっと辛いことはあるしこれくらい耐えなきゃと思いながら1年が経過しました。
その頃になると、私より後に入った人が増えましたが、まともに教える時間すらなく、逆に新人さんに対して「これから大変なのに。知らないんだろうな。」としか思えませんでした。

8時間ぶっ通しで働き、休憩は10分すらありませんでした。トイレに行くことすら出来なかったのです。
体調が悪くても、熱が38℃あっても関係なく接客ができないのであれば…「裏で8時間洗い物をひたすらやって」と言われました。
お給料はきちんと入っていましたが、シフトの時間は操作されており休憩時間が1時間ありました。

次第に私の心が崩壊し始め、バイト中は「逃げたい」「辞めたい」だけを考える8時間になりました。
「ブラックバイト」について調べては、自分が該当する項目ばかりで驚きすらなかったです。

気がつけば、「初めまして」と挨拶した新人さんの姿を見なくなりました。10人、新しく入れば8.9人が1週間もたないそうです。その事実を知って、そんなバイト先なら辞めても良いのかもと思えてきました。
何人も雇っては「どうせ辞めるから」と直ぐに他を探していたそうです。

勇気を振り絞り、店長に辞めたいと伝えると返ってきた言葉が「あなた何をしたの?何も出来てないのに辞めるの」でした。もう、今までの辛さを思い出し涙が出てきました。

結局、辞められずダラダラと2年が経ちました。
今でも「逃げたい」「辞めたい」しか考えていません。ですが、新しく入ってきた後輩が少しでも辛い思いをして欲しくありませんし、やっぱりお客様の笑顔が好きです。
あと少しで私はバイトのリーダーになります。そしたら少しでも、後輩が楽しくバイトが出来るように店長に相談する予定です。

牛丼チェーン店のバイトは体だけでなく心もつらかったです

自宅から近いというだけで、ある牛丼チェーン店のバイトをしていました。
アルバイト経験が無く、全くの素人でした。
面接はすんなり合格し、次の日から出勤しました。

まず最初に驚いたのは、1分たりとも働いていないのに、作業用の靴を2500円で買わされると言われたことでした。
新品が届くまで、ボロボロの誰が履いたかも分からないお古の靴を履かされるのも苦痛でした。

手始めに、研修のビデオを1時間程見て、店舗の作業は、写真付きのマニュアルがあるからと言われました。
研修ノートも毎回記入し、その日の勤務時間帯の責任者に捺印をもらうようとのことでした。

しかし、実際働いてみると、時間帯責任者というよりも、店舗に居る全ての人がフル回転で、最小人数で店を回している状態でした。

新人なので、せめて洗い物でもと思いましたが、「洗い物よりオーダー!」と怒鳴られ、見よう見まねで接客していました。
マニュアルを読んでる暇なんてありません。
とにかく注文を取り、牛丼を運び、丼を片付ける数日間でした。

1週間が経ち、面接以来、久々に顔を合わせた店長に、「研修ノート書いてる?」と聞かれましたが、それどころではない状況と説明しました。
店長はムッとして、「そんなんじゃ、いつまで経っても見習いの時給だよ?」と言いました。
こちらも言いたいことはありましたが、一応、「すみません。」と謝って、研修ノートは早目に出勤して前日習ったことを書き、時間帯責任者に捺印をもらうようにしました。

だんだん慣れてきて、私よりも後にアルバイトの女性も入って、少し人数的にラクになってきたなと思ったら、その女性アルバイトが無断欠勤した日がありました。

ある土曜日、朝7時に出勤し、9時に女性アルバイトが来たら休憩となる予定が、連絡も無いまま出勤せず。
店長と二人きりのまま、お昼の時間帯に突入しました。

店長に、「とにかく注文、品出し、片付け!」と、デジャブのように怒鳴られ、すり足で店内を走る、走る。
店長は、調理しながらドライブスルー対応と洗い物。
一瞬、「この人、神だわ!」とも思いました。
お昼の時間帯を瀕死状態になりながらしのいだ時は、店長と握手してしまいました。

こんな達成感がその後も続けば、もしかしたら、まだアルバイトを続けていたかもしれません。
でも、こういうのって、そんなには無いですよね。

店長は、他店が人手不足の時は応援に行ってしまうので、普段はアルバイト歴の長い人が時間帯責任者となります。
酷いのは、大学生のアルバイトが時間帯責任者になった時です。

自分の大学の仲間を呼んで、メニューに無いトッピングを付けたい放題で、未成年と思われるのにビールを出す始末。
オーダーを受けても、出来上がった物と全く違うので、誰に何を出したらいいか分かりません。

そのうち、時間帯責任者の大学生アルバイトが、仲間にメニューに無い物を振る舞いたいが為に、「休憩、長めに行ってきていいよ。」と言い出します。
戸惑いながらも、「早く!」と急かされるので休憩に行かなければなりませんでした。
ドア一枚隔てて、どんちゃん騒ぎが始まった店内。
他のお客様は、呆れてそそくさと帰って行かれました。

1杯数百円、利益何十円であろう牛丼。
時間帯責任者とはいえ、アルバイトにこんなことをされてるなんて、店長は想像もしていないでしょう。
平たく言えば、業務上横領じゃ?なんて思ったりしました。

「これじゃ頑張っても時給は上がらないな」と悟り、アルバイトは半年で辞めました。
店長は、「せっかく慣れてきたのに。」と引き止めてくれましたが、あの大学生アルバイトには辟易してしまいました。

体を動かし、ヘトヘトになりながらも何となく心地よい充実感とか、仕事終わりに食べる牛丼が物凄く美味しいとか、仕事自体は楽しかった気がします。

でも、お金を稼ぐということや、社会の一員であるという基本的なことを忘れたお子さまにゲンナリしてしまいました。

このままでは卒業できない!学生バイトにシフトを入れすぎるバイト先

まだ大学生だった頃、ラーメン屋さんでホールスタッフのバイトを週3・4でしていました。同じくらいの年代の人が多くて、社員の方も優しくて面白い方が多く、比較的フレンドリーなバイト先だったと思います。そう、最初は。
そのバイト先で組まれるシフトは3種類で、早番が開店準備も含めて10時から14時までのランチタイム、中番が12時から17時までのランチタイムからディナータイム、そして遅番が17時から23時の締め作業があるシフトでした。

学生が多かったので、もちろん人気のあるのは夜の時間帯でした。授業がない時間帯でもありますし、22時を過ぎれば特別手当もあり、賄いも豪華だったのも理由だったと思います。ですが当然その時間帯に全員がバイトに入れることはなく、昼間の時間帯に入る日もあれば夜の時間帯に入る日もあったりとまちまちでしたね。
そんなバイト生活も1年を経った頃、同じバイト先の先輩達が大学や専門学校を卒業し、バイトも卒業することになったのです。当時、学生バイトは私を含めて10名いたのですが、その先輩達が抜けてしまうと残るのはなんと5人。

さすがに少なくなりすぎだとは思ったのですが、社員の方もきっと春に向けて新しいバイトを入れてくれるだろうと考えていたのです。ですが、春になっても夏になっても一向に新しいバイトは増える兆しがありません。それどころか、以前まで張ってあったバイト募集の張り紙も無くなっていたのです。
そこで「何故バイトを増やさないのか」と直談判したところ「今までは大人数で店を回してきたけれど、新しいバイトを教育するのにも時間がかかるのでもう育っている子達だけでお店を回そうと思っている」とのこと。

今は良いとしても、私達が卒業する頃には誰が残るのかと驚いてしまいましたね。確かに飲食店のスタッフはメニューを1から覚えないといけなかったり、レジの打ち方を覚えたり、そのバイト先の決まりなどたくさんのことを学ばなければいけません。ですが、それは誰もが通る道ですしもったいないものではないと思ったのです。何よりこれから私達のシフトはどうなるのかというのが1番の不安でした。
そんな私の不安も的中し、先輩達が最後のバイトを終えた翌月には今までの倍のシフトが組まれていました。

遅番が入っていた翌日に早番が続いていたり、土日の授業がない日には1日に早番と遅番が組まれていたり、10時から17時までの新しいシフトが組まれたりもしていました。せめてもの心遣いなのか授業のある日には早番と中番がないようにはされていたのですが、他の子は授業のある日も組まれていることもありましたね。
実際にそのシフト通りに働いてみると、想像通りに身体的にも精神的にも辛かったですね。授業の予習やレポートなどの提出物もあるので、バイト先の休憩室で空き時間に行ったり、授業中に居眠りをしてしまったり、朝起きるとバイトの時間で急いで行かなくてはいけなかったりと疲労もストレスも限界でした。

そんな生活をしていると、もちろん授業も寝坊してしまったり、授業に出たとしても内容が頭に入ってこないことも多かったです。もちろん成績は落ちてしまいますし、単位に必要な出席日数もギリギリでした。
「もう耐えられない。なんで学生なのにこんな生活をしないといけないのか。」と我慢の限界が来てしまった私はついに辞めることを社員に伝えました。

すると言われたのが「他の子が困るのに可哀想と思わないのか」というものでした。最初は何を言っているのか理解できませんでしたね。

自分達が勝手にバイトの採用を止めて、無理なシフトを組んでいるのに何故私が悪者になるのかと納得が行きませんでした。ここまで頑張ってきたのに何故責められるのか、自分達には何も悪いと思っていないのか、こんなところにもういたくないと思い、そのまま泣きながら帰りましたね。
それから両親に連絡をして、バイト先で起こっていることを話すと父からバイト先に連絡をしてくれました。

すると「学校が優先なのでもし両立が辛かったら辞めてもらっても良い」と言われたとのこと。大人と子供ではあまりにも言っていることやすることが違っていて腹が立ちました。

もうあんなバイト先では働きたくないですね。

仕事内容以上にバイトの先輩の一言に驚愕・・・すぐやめたった!

あれは私が大学1年生になって、学校にも少し慣れてきた夏休み前のことでした。大学生は夏休みが超大型の休みということで、夏休みの間はたくさん遊べるようにお金を貯めようと思って、アルバイトを始めてみようと面接を受けたのです。最初は短期集中型のバイトにしようかと思ったのですが、慣れたらしばらく同じバイトを継続したかったこともあり、選んだのは居酒屋のアルバイトでした。ここで少し先走ったかなという感はありましたが(笑)
面接の時に、「今働いている子たちはみんな優しい子ばっかりだから、しっかり丁寧に教えてくれるし、初心者でも大丈夫。長く続けてね」と言ったのが、その店のマネージャーをしていた40代の女性でした。
もちろん、居酒屋なので夜は遅めでしたが、まかないもつけてくれるということで、ご飯代が浮くぞっと心の中でガッツポーズしながら、意気揚々とバイトに向かったのです。
当然のことながら、最初はみんな丁寧にあいさつをしてくれました。何歳で、どこの学校・専門・フリーターなど、身分の紹介などをしてくれました。年下はその時おらず、私が一番下で、ほかのメンバーはみんな年上でした。アルバイトは全員で10人ちょっとだったかな?男女の比率で言うと、7:3ぐらいの割合でした。
いざ仕事が始まると、やはり居酒屋さんだけあって、ハードな印象そのままでした。そこは1階はカウンター、2階はボックス席、3階が大広間の宴会場という構造で、1階は女性マネージャーとバイトのベテラン、2階、3階を他のアルバイトで回すような感じです。基本最初は2階から接客を始めていきます。慣れたり、仕事内容を覚えたりするためなのです。料理は調理場が作るのですが、なぜかドリンクはフロアのバイトが作るというシステムだったため、注文を取ったり、ドリンクを作ったりといった練習が必要になるわけです。
そして3階の宴会場は予約制で、鍋やらオードブルやらの準備から、追加料理の提供、ドリンクオーダーまでこなさないといけない大変なフロアです。なぜか私が2階のフロアを担当したのは最初の1週間だけ。そこからずっと3階の宴会スペースばっかりに回されました。先輩たちは、「3階を回せるようになったら2階なんて余裕になるし、1階に下りれば時給があるよ!」などと言いながら、ろくに作業やコツも教えないまま、私を3階に残して2階に下りていくのです。
ここからは地獄でした。まず予約の団体ということで、ドリンクの注文はひっきりなしに来ますし、そんな状況の中で、厨房から上がってくる料理を提供しないといけない。グラスが足りなくなると自分で洗わないと誰も洗ってくれない。実質まかないを食べる時間なんて20分もない。(しかも残すと厨房の人に怒られる)
まぁ百歩譲って、それを回せれないと、ダメってのはわかるのですが、入って1週間しか経ってないのに、即一人ボッチ。しかもそれがバイトに入る時毎回です。でも、ここでやめたらなんかシャクだし、がんばろうかなと思っていたのですが、ある時、同じように準備に追われていた時でした。2階へ足りないものを取りに行ったときに先輩たちが喋っているのを聞いてしまったのです。
「今度の新人はマジでバカだよ!ほんとに一人でがんばってくれちゃってるよ。2階結構暇なのになwどうせ1階(女性マネージャー)にはわかんないし、このまま上手にやってくれたら楽でいいね~」
そういいながら何人かの先輩たちが笑って喋っていたのです。さすがにこれを聞いたときは怒りを通り越して、体の力が一気に抜けました。まぁその日の宴会はまだ始まってもいないので、回さないといけないし、怒っている暇もなかったのですが、家に帰って冷静に考えると、
「いやいや、あんたらのために働いてるわけじゃない!」
と思って、次の日バイト入ってましたが、連絡もせずに、行ってやりませんでした。そこから電話が鳴っても出ずに、それっきりです。
今考えると、甘ちゃんで幼稚だったかなとも思いますが、知らない人間を騙して、一生懸命を笑うというのはやっぱり許せないなと思う今日この頃ですが、みなさんはどう思われますか?

今でも思い出すと寒気のする精神的にダメージを受けたブラックバイト

高校3年生の頃、近所の居酒屋でバイトをしていました。心も体もボロボロになり、かなりのブラックバイトで3ヶ月ほどで辞めました。たった3ヶ月でしたが、私の中では3年のような日々でした。寿命が縮んだのではないかと思うほどでした。

どんなバイト先だったのか簡単に言うと、店長がかなりのぶっ飛んだ人でした。その居酒屋はチェーン店で、他の店舗の店長は普通の人なのに、運悪くぶっ飛んだ店長の元で働くことになりました。

他のバイトの先輩達は優しい人ばっかりで、それだけは救いでした。

まず何がぶっ飛んでいるのかと言うと、店長としての能力がありませんでした。初出勤の時に適当に説明だけされて、そのまま私一人で接客をさせました。何が何か分からずあたふたしていても、助けてくれるわけでもなく、お客さんに怒られようが見て見ぬふりでした。他の先輩社員の人が一緒に謝ってくれたりという状況が当たり前でした。

そして機嫌の上がり下がりが尋常じゃなかったです。店が忙しくなると機嫌が悪くなり、まず先輩社員に八つ当たりをします。それでも怒りがおさまらないと私にも暴言を吐いてきました。私のミスじゃなくても、お前以外に誰がいるんだと勝手に犯人扱いをされ、また暴言を吐かれたりしました。

バイトのことを奴隷のようにしか考えておらず、私が入って少しすると売り上げが悪く、人件費を削減するためにと、一応シフトはあるけど店長から電話がこなければ出勤しないという訳のわからない体制になりました。今日は出勤しなくていいよと言われた日でも、忙しくなれば電話で呼び出されることもありました。

ぶっ飛んでいる店長は法律を違反していても、何が悪いんだと言って高校生のバイト達を夜中まで働かせていました。今日は延長できないと言うと、鬼のような形相でにらまれました。テスト期間中であろうが融通は通らず、私達の意思は全て無視されました。

タイムカードはなく、ノートに書く方式でした。何分単位ではくれないので40分延長したとしても、それはただのタダ働きでした。辞める月の給料はいまだに受け取っていません。店長に会わないですむのなら給料くらいもらわなくてもと考えていました。

親にも辞めなさいと言われ、恐くて辞めると言えないと言うと親が直接店長に言いに行くと言うくらい、その時の私はボロボロだったのだと思います。

店長から電話がくると吐き気が止まらず、手の震えも止まりませんでした。電話を無視してバイトから逃げることもできましたが、近所の居酒屋だったので道で遭遇することを想像すると恐かったので、耐えました。

大学生の入学を機に、遠いからという理由で辞めました。辞めてからも居酒屋付近の道を歩くだけで吐き気が止まりませんでした。

私が辞めてしばらくして、閉店したという噂を聞いてやっと解放された気分になりました。ざまあみろと思いました。

最近ニュースでブラックバイトのことが取り上げられていますが、まさしくそのものだったと思います。暴言に無理な労働にブラックバイトの模範的な例でした。私が女だったからまだましだったのかもしれませんが、男だったら暴力もあったかもしれません。

あんなに人として最悪な人は初めて見ました。心も体もボロボロになりましたが、いい経験をしたと思います。社会人になって社会の荒波にももまれましたが、ブラックバイトの方がつらかったので続けられました。

ぶっ飛んだ上司の下で働いている人はきっといっぱいいると思います。ブラックバイト経験者として、時には逃げることも大事だと言いたいです。

あまり悩みごとのない私がメンタルまでやられたのは初めてだったので、今でも鮮明に覚えています。もし道で店長に会ったらまた吐き気に襲われそうな気がします。こういうことをトラウマというんだなと感じました。