仕事を辞めた。やっと・・・開放された。明るい未来がやってきた・・・!

仕事を辞めました。

僕がどうして仕事を辞める決心をしたのか、そして、どうしてリゾートバイトをしようと思ったのか紹介したいと思います。

仕事に嫌悪感を持っている人には、リゾートバイトはきっとタメになるだろう。

―好きな仕事のはずだったのに

絶望感

僕は、東京でも群を抜いて高級料亭が集まる銀座で、和食の料理人として働いていました。

僕が料理の世界に足を踏み入れたのは20歳の時で、結局3年間同じ店で働き続けたことになります。

幼いころから料理上手の母を見て育ってきたため、料理人になるのは昔からの夢でした。また、和食と言えば日本を代表する文化の一つです。そんな日本料理を一から学びたい。やるんだったら一流の場所で、と考え銀座で働くことを決心したのです。

 

―料理人の世界は厳しい

板前

言うまでもない話ですが、料理人の世界は厳しいものです。

多くの人はドラマや本の世界で、怒鳴る親方、右に左に忙しく走り回る小僧というのを目にしたことがあると思いますが、実際の料理の世界でも大きな差はありません。

朝は、一番下の者は誰よりも早く職場について、掃除からほかの料理人の仕事場の準備、お茶の準備まで終わらせなくてはいけません。夜は夜で、だれよりも遅くまで残って仕事をするのです。長い時で、朝の7時から夜中の3時まで働いていた頃もありました。

その長時間の労働は、基本全て立ちっぱなしです。途中、昼食と夕食の時だけ座ることができるのですが、これも一番下のものは誰よりも早く食べ終わらなければいけないため、正味5分くらいしか座ることができないのです。何度トイレに行くふりをして30秒だけ座ったか数え切れません。

また、銀座というと土地代がとても高いため、店の面積のうち、厨房というのは異常なほどに狭く作られています。そんな中で、朝から晩まで、週6日間、厳しい上下関係の中でもまれていた僕は、もう何でもいいから広い空間に飛び出したいとだけ願うようになっていったのです。

 

―最初の目標を見失うようになる

毎日毎日こんな生活を続けていると、だんだんと「なぜ自分はこの仕事を始めたのか」という理由を忘れていくようになりました。飲食店も一つの会社形態なので、今でいう「社畜」になった瞬間だったと思います。楽しかったはずの料理も、だんだんと面白さが分からなくなってきて、その日を問題なく終わらせることに精一杯になっていました。

次第に体も心も疲れてきて、少しだけでいいから休みたいと考えるようになります。朝、家から出る時に体がとてもだるくなって家から出たくなくなったり。

最悪なのは職場に向かっている最中にこの気持ちが押し寄せてきた時です。目の前を行きかう車を眺めていると「車に轢かれて怪我をすれば、しばらく仕事を休める…」なんて言う考えが頭をよぎるのです。幸い、僕はそれを実行に移すことはありませんでした。しかし、同じ銀座の他の料亭で働いていた年下の人は、実際に朝の通勤途中、乗っていた自転車ごと土手から飛び降りたのです。幸い大事には至りませんでしたし、周りには「ボーっとしていたら土手から落ちちゃって…」なんて言っていましたが、後で個人的にその人と飲みに行ったときに聞いた話では、土手から落ちたのはワザとで、理由は自分の全く同じ「怪我をすれば、しばらく仕事を休むことができる」というものだったのです。

今考えると、我ながら恐ろしいことを考えていたものだと思うのですが、当時はそれほど追い込まれていたのです。

 

―事態は悪くなるばかり

時間が経つにつれ、僕も一番下っ端の立場ではなくなり、僕の下にも新しく入った人が付くようになりました。朝は一番早く店に着く必要は無くなりましたが、その代わりに市場に行って仕入れをするという大役を受け持つことになりました。仕事を覚えるうえでとても嬉しかったのと同時に、「また早く起きなくては…」というプレッシャーが同時にのしかかります。

また、下に人が付くという事は、僕も中間層の人間になるわけで、責任の大きさも変わってきます。体力的にいっぱいいっぱいになってくると、精神的にも滅入ってくるものです。幸いにも、僕の同僚はとても気の回る人で、僕のことをよく心配してくれて、励ましてくれました。彼の支えがあって何とか持ちこたえてきていたのですが、それでも状況が良くなる見込みはありません。

そして、僕はある晩、急な腹痛に襲われるのです。

 

―体調を崩して事の重大さに気づく

胃痛

その日も普段と同じように夜の営業をしてました。いつもと同じように朝早くから怒鳴られ続け、深夜になり、もう少しで最後のお客さんも帰って店を閉める…という頃に、急におなかが痛くなってきたのです。

胃のあたりを誰かにぎゅっと握りしめられるような、今までに経験したことのない痛さの後、急に気分が悪くなったので、トイレに駆け込みました。吐き気が襲ってきたので便器に伏せて吐こうとしたら、何か赤黒い塊が口から出てきたのです。最初は自分でも訳が分からず、「え?マグロ?」と思ったのですが、よく見てみると血が固まったような気味の悪いものでした。

僕の胃はストレスで出血を起こしていたのです。あまりの急な出来事に、自分でもショックを受けてしまいました。自分の体が、自分の知らないところでこんなにも傷付いていたのだと、こんな状態になるまで気が付くことができなかったからです。

その後は、翌日に病院に行き、そこで勧められた精神科にも行かされ、仕事を辞める手続きを粛々としました。あの時のことはいまではあまりよく覚えていません。とにかくショックで、もうどこか違う、広いところ行きたいと考えていたことだけ覚えています。

 

―仕事を辞めたいときに抱えていた悩み

僕の場合、体と精神の病気という事で仕事を辞める決心がつきました。

でも、いつか辞めたいと考えているうちって、なかなかやめる決心はつかないものだと思います。

急に業務内容が増えて忙しくなった、という場合なら気づきやすいのかもしれませんが、普通に仕事をしていて、だんだん業務時間が長くなって、仕事に時間を奪われて…という風に変わってくると、ゆっくりと、でも確実に生きている時間が薄らいでくるのだと思います。また、同時に忙しすぎて、悩みを持つ暇すらなくなってしまうと思います。

僕は、事故に遭ってでも休みたい、と考えていた時には、同時に「お遍路さんに行きたい」とも考えていました。お遍路さんをして、四国の山道を歩きながら、ゆっくりと自分のことについて考えたいと思っていたのです。それほど、自分について考えるゆとりがなかったという事です。

 

―仕事に時間を奪われている

日曜日はいつも憂鬱でした。

飲食店というのは大抵週休1日制です。僕の働いていた店も同じで、日曜日が唯一の休日でした。なので、日曜にやりたいことを出来るだけたくさん詰め込みます。家族に会ったり、当時付き合っていた人と会ったり、友達と会ったり、買い物したり、映画見たり、美術館に行ったり…やりたいことは山ほどあるのですが、日曜日も24時間しかありません。そのうち、だんだんと日曜まで休む暇なく動き続けていることに嫌気がさしてきました。とにかく時間が足りないのです!

やりたいことはたくさんあるけれど、体を動かすのがだるい。結局、充実しない日曜日になってしまう。休日までフラストレーションとストレスがたまります。

 

―仕事を辞めてリゾートバイトに!

夢の世界

僕が仕事を辞める時には、何をしたいのかが分かっていました。

自分の時間を持つこと。そして、どこか明るく開放的な場所に行くこと。

しかし、もう成人の身なので、お金を稼がなくてはいけません。そこで見つけたのが、志賀高原での夏季のリゾートバイト(←クリックできます(参考リンク))でした。

志賀高原と言えば、幼いころ夏休みに祖父と行ったことがあります。夏なのに東京みたいに暑くなくて、朝から晩まで青空のもと、広い野原で虫取りをして遊んだことを思い出しました

今行くならここだ、と直感的に思いました。僕が応募したのは、志賀高原のとあるホテルでのアルバイトでした。夏の間は団体のお客様が多くなるので、その期間だけ人手不足を補うためにアルバイトを雇うのだそうです。といっても、まるまる2か月間、毎日安定した労働時間でシフトをくんでくれていたので、安定した収入を得ることができました。

宿泊していたところも、ホテルと同じ建物だったため移動時間もかからず、人が少ない時間帯には温泉も使えたので、とても快適でした。

週2、3日は休日をいただき、一緒にアルバイトをしていた人たちとレンタカーで近くの街を観光したのは、今となってはいい思い出です。

広々とした大自然の中、しっかり2か月間働いた僕は、東京に帰るころにはすっかり元気になっていました。仕事をして元気になるなんて、なんだか少しおかしな気もしますが、これが本当の仕事の姿であっても良いと思うのです。